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Part 2

経営コンサルタントの目で見たアメリカの教育について

小川政信氏(父兄)

 小川裕輝の父です。
アメリカの学校では、毎日、保護者が入れ替わり立ち替わりボランティアで手伝います。私もボランティア活動を通してアメリカの教育を垣間見たのですが、「小学校教育からして日米でこんなに違うから、アメリカ企業、経営者・研究者は世界で強力なのだ、日本は遅れてしまうのだ」と痛感したものです。私は当時、毎月日米を往復する生活でしたが、睡眠時間が2時間しか無くても、小学校でのボランティア活動には毎週、参加したものです。アメリカの公教育に触れることはそれほど刺激的だったのです。

 コンピュータが自然に使われていたことは子供が話したとおりです。私が驚いたのはその学び方です。
自宅でコンピュータで遊んで得意になった女の子(小学校3年生)が、PowerPointのマニュアルを数枚書いて、みんなに教えて、全員が使いこなせるようになってしまいました。学校の先生はそういう一連のことを「やってごらん」と旗振りしていたのです。そのプロセスも教育だったということです。
 一方、日本では、文部省の指導要領に従って先生が一つずつ教えますが、実際に使えるまでには至らない子もいます。また、できる子はあくびをしていています。(子は退屈だった、と言っていました)学校で先生が理論を教える、知識を覚えさせる、そしてテストする。日本の教育現場は、一事が万事、そんな調子です。
アメリカの小学校教育で行われていたのは、徹底的に、考える、読む、調べる、書く、発表する、議論するという基本的な能力の開発です。独特の解法など知らないと対処できない難問奇問で遊ぶのではなく、実社会で起きている現実の題材正面から捉え、自力で考え解きほぐす力が、幼少時から意識して鍛えられているのです。

 日本では一般的に、アメリカの小中の公教育が日本より劣っていると考えられていますが、とんでもない誤解だと思いました。大学教育以降が日本は負けているのではなく、小学校教育から劣っているのだ、ということを痛感しました。考えてみれば、今、日本が世界において優れている分野では、「数学」などのほんのわずかな例外を除いて、日本の教育システムはほとんど貢献していないのではないでしょうか。日本は物作りで食べています。それは現場の試行錯誤の力が言動力になっています。現場の試行錯誤をシステムまで高めるトヨタシステムのようなものは、自分で現場を把握し、時間をかけても自力で解を見つけ、何か大きな作品に仕上げるその一連の動き、頭の働かせ方が重要ではないでしょうか。アメリカの教育にはその一連のプロセスがすでに組み込まれていました。 本日議題となっているIT教育の関係でも、日本のIT企業には海外競争力がほとんどありません。製造業に比べると赤字を出しにくいビジネスモデルのため、大手企業グループのトップ経営陣からは「よし」とされがちですが、付加価値の高いところは軒並み海外企業群に押さえられているのです。 日本の教育システムは、その頂点で、医者、弁護士、公務員、資格試験合格者を輩出するようにできていますが、そういう目的のためには、いまの教育システムで困らないでしょう。ですが、グローバルに活躍できなければ、日本社会は支えられません。

 アメリカの小学校で要求している読書量は非常に多かった印象があります。宿題も多かった。ところが反面、「ゆとり」を感じていました。では、何が「ゆとり」なのでしょうか? それは、子供たちに「考える時間が与えられている」ということです。日本の場合は、暗記が重要視されているので、暗記のために多くの時間を割くことになりますが、アメリカでは子供たちが「試行錯誤」をできるだけの時間的余裕が与えられていました。 子供は今年(2007年)、ご多分にもれず中学受験をしましたが、日本の塾による受験準備の中心は、解法を教えて覚えさせることです。そうしないと大方の中学校の入試問題には対処できません。ですがその方法は知的進化を遅らせます。アメリカの教育では「100点満点」をとることが全く求められていません。そもそもそんな試験がほとんどないのです。大事なのは「考える時間を与えること」、「好奇心に気づくこと」、「基本スキルを身につけること」、「題材で遊ぶこと」だと考えられていて、そうした中で何が問われているかというと、目の前の課題を自分の力で解いていくことです。

 要するに、実社会で求められていることとまったく同じだったのです。アメリカの普通の公立小学校で、最高の教育を与えられた、そんな感動がありました。