デジタル製品の登場・普及によって、人々の生活は一変しました。私たちの「デジタルな生活」がいつはじまったかというと、私は1979年が一つのターニングポイントだったと思っています。というのも、この年に、その後の世の中の流れを大きく変えることになる5つのITツールが一斉に登場したからです。
5つのITツールとは、1)表計算ソフトの「ビジカルク」、2)日本語ワープロの「JW-10」、3)「ウォークマン」、4)「マイコン炊飯器」、5)「自動車電話サービス」を指します。それぞれの製品の詳しい説明は省略しますが、本日は、これらのITツールの登場によってはじまった「デジタルな生活」が、私たちに何をもたらしたかを、4つの視点から説明したいと思います。
1つ目の視点は、「技術」です。ここで言う技術とは「優れた技術」のことではなく、「使いやすい技術」を指します。例えば、現在NTTドコモは『iモード』というサービスを提供していますが、実はiモードはNTTが1980年代に提供をはじめた『キャプテン』というサービスとまったく同じモデルなんです。キャプテンは、電話回線を使ってテレビで情報を流すサービスでしたが、残念ながら普及しませんでした。その要因を、私は「画質の悪さと通信速度の遅さにある」と考えていましたが、そのアーキテクチャーを携帯電話に移植した途端、大ブームになりました。画質や通信速度はキャプテンと同レベルだったにもかかわらず、iモードは「持ち歩くことができる」という利便性の高さによってユーザに受け入れられたのです。つまり、「使いやすい技術」が人々の考え方を変えたわけです。
2つ目の視点は、「メディア」です。通信メディアを例にとると、おおむね電話は、「固定電話」→「コードレス/留守番電話」→「携帯電話」という順に進化を遂げてきました。この進化が私たちに何をもたらしたかというと、時間や場所といった「さまざまな制約からの解放」です。つまり、通信メディアの進化は、人々に「自由」を与えたということが言えると思います。
3つ目の視点は、「サービス」です。例えば、あるホテルに宿泊したいと思った際に、リアルの世界ではそのホテルの評判等を聞く機会は滅多にありませんが、インターネットにはそうした情報が溢れています。この「ネット内に溢れる個人の評判」がインターネットの生活サービスを大きく変えたことに伴い、私たちの生活はどんどん「個人化」するようになったと思います。
4つ目の視点は、「意識」です。先ほどご説明したように、ITがもたらした自由によって人々の「個人化」が加速度的に進んでいます。ただ、社会心理学者のエーリッヒ・フロムの説によると、自由を得た個人には「迎合」と「自立」という2つの意識が芽生えるようになるそうです。「迎合」とは、寂しさゆえに自由を放棄して所属を望むようになる意識で、「自立」とは、さらなる自由を求めて創造的に活動することを望む意識です。ITの時代にはリアル社会の個人が「化身」となってインターネット内で活動していますが、この化身たちに「迎合」と「自立」という2つの意識が、実際に芽生えはじめていると私は思っています。
「迎合」の例としては、2ちゃんねるで話題になった『電車男』が挙げられるでしょう。あれは、インターネットに棲む化身たちが、それぞれ癒しを求めて演技した結果の産物だと思います。もう一方の、「自立」の例としては、ブログやアマゾン等のレビューが挙げられます。こちらは、価値観を共有し合える仲間を探し求める化身と言えるでしょう。ただ、いずれにせよネット上の付き合いというのは空しいところがあるんですね。ということから、私は近い将来には「リアル」が見直されて、ネットの化身たちがリアルな場所に顔を出す時代がやって来るようになると思っています。要するに、「リアルとネットの融合」が進むということになります。私は、ITが発達すればするほど、リアルの価値が見直されるようになると考えています。
これまで私は、NTTで「いつでも・どこでも・誰とでも」通信できる技術の開発に努めてきました。もちろん、こうした視点は非常に大切なものですが、ビジネスモデルや安心感という観点から考えると、今後は、「今だけ・ここだけ・あなただけ」といった要素が重視されるようになり、近未来のデジタルな生活とは、この「でも(ネット)」と「だけ(リアル)」が融合した世界になるのではないかと考えています。